2016年2月24日水曜日

文豪の文章力



本を読んでると、思わぬ所で思わぬ作家に出会う事がある。
文豪の手にかかると、片手間仕事みたいに書かれた作品でも、信じられないくらい上手い。
「あの人こんなことやってたんか」みたいな新鮮な驚きを味わえる。




ドストエフスキー作品に「鰐(わに)」という短い小説がある。
「鰐」の日本語訳が青空文庫にあったので読んでみた。


毎度おなじみ0円。財布の味方、青空文庫。



翻訳された外国作品には当たり外れが結構あって、日本語が上手な書き手によるものは読みやすいが、どんなに原文に忠実な訳文でも、日本語自体がまずいと読みにくい。

ドストエフスキーのロシア語の原文がどんなものなのかはわからないが、青空文庫で読んだ日本語版『鰐』は翻訳者が書いたとは思えないほど上手く書かれた作品だった。

文章に切れがあって、独自の世界観を持ち、すでに日本語の作品として完成されていた。
文体から推察すると、かなり前に書かれた訳。
こんな昔にこんなに達者な翻訳者がいたんだと驚いて訳者の名前を見たら、「森林太郎」と書かれていた。


森林太郎は森鷗外の本名。
上手い筈だ、鷗外の訳だったとは。

 この当時、ドストエフスキーが日本でどれほど知名度があり、鷗外がどれほどドストエフスキーに関する知識を持っていたのかはわからない。

鷗外は本業が医師でドイツに留学していたから、ヨーロッパで読まれていたドストエフスキー作品を日本に紹介する気持ちで訳したのかもしれない。(鷗外は軍医としても最高位にまで上っている。天は二物を与えずというが、鷗外に限っては例外。ただ、鷗外自身は相当苦悩を抱えながら生きていたらしく、晩年その苦悩を綴った随筆「妄想」を残している)


鷗外作品としてカウントされることもおそらくあまりないであろう短い翻訳作品だが、やはり文豪は文豪。完全に自分色に染めあげている。

話そのものは軽くてどちらかというとユーモアの勝った作品なので、彼(か)の鷗外の意外な一面を知れる貴重な作品だと思う。


〈こんなんあるよ〉

妄想
青空文庫版。0円。


森鷗外 「妄想」 青空文庫 テキストでそのまま読めます
「妄想」は高校の現代文の教科書に一部出てたので勉強した記憶がある。文豪の心の内はこんなんかと驚嘆した思い出が。辞書無しには読めないけど、非常に美しい文章なので読む価値有り。


『森鴎外全集・136作品⇒1冊』
鷗外一冊全集200円也。やすっ。


Delphi Complete Works of Fyodor Dostoyevsky (Illustrated) (English Edition)
ドストエフスキー一冊全集245円。英語版。「鰐」の英語訳も掲載されている。英語訳で読む限り、鴎外の訳よりあっさりした印象。