知り合いが、役所に行ったとき「税金が高すぎる!」と文句を言ったら、「いえ、あなたはまだそんなに高い方じゃないです」と言われたそうだ。
別の知り合いは「政治家が税金をバンバン使うのが許せない!」と怒っていたが、数秒後に「私も高額医療使ってるけどさ」と小さい声で言った。
払う方は大きく感じ、使う方は小さく感じる、税金の有り様を端的に表している話だと思った。
税金の無駄遣いのニュースを聞くたびに、「私の血と汗と涙の消費税を無駄遣いすんな!」と腹立たしく感じるが、病気になればまともな医療が受けられるのも、 陥没した道路がすぐになおるのも、税金を使って世の中が動く社会だからだ。
税金がなければ公的な機能は破綻するから、税金を払う仕組みはなくならない。
税金自体が悪なのではなくて、人が払った血税を考え無しに使う輩が悪なのだ。
要は、税金を最善の方法で使おうと考えない人のせいで、すべての使用先が怪しげに見えることが問題なのだろう。
政治家や役人を信用出来るかどうか。
歳費をお小遣いにするとか、予算を消化しないと勿体ないと思う不届き者が本筋に関係ないカラオケセットやマッサージチェアを買うとか、間違いなく「ズルする人たち」 が実在する。
それが果して誰なのか、という判別が難しい。
全員がズルするわけじゃないだろうし、全員が正直なわけでもないだろう。
信じても疑ってもきりがないが、眼前の政治家や役人がズルをする人間か否かの確信が持てないから、苛立ちはなくならない。
お人好しだと言われるだろうが、私はやはり、まずは「まともにやってる」と信じた方が精神衛生上良いと思う。
おそらく、現実に税金を使って業務をする人達の報告の義務とか、無駄遣いしてないか監査するシステムに、大きな穴が開いてるのがズルがまかり通る原因なのだろうから、ズルどころか息も出来ないくらいの監視システムに改善すれ良い。
YKK時代の小泉さんが「誰でも無菌状態では生きられない」と言っていた。
ならば、税金の周囲には菌があることを前提にシステムを作れば良い。
ここまでは菌を認めます、その代わりこの先はダメですよと決めて、「守らない方が恐い眼に遭う」くらいのシステムにすれば、誰もズルしない。
それが困るというなら、ズルしているのはその人だ。自然なあぶり出しもシステムの内なのだ。
人を見たら泥棒と思え、というのを信条にしている人もいるだろうし、その考えは間違ってない。
でも、人間社会には「どうせズルしてる」と思われると期待に沿うべく進んでいく「疑いの予言の成就」がしばしばある。
「ズルしていない人間が疑われないで済むようにシステムを変える」のが知性だと思うんだけど。